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2012年6月10日 (日)

父の事

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父が鬼籍に入ってから3週間になる。
金環食が終わった後に、「今亡くなった」と連絡があった時は
父らしい逝き方だと思った。

認知症を煩ってから4〜5年。
最初は運転がヤバくなった。

震災で全壊した家から逃げる為、
2階から飛び降りてから膝を悪くした。
避難先の家は、軽自動車が一台、ようやく上がる道幅の、
心臓破りの坂の上にあり、
買い物に行くにも、坂の上り下りがキツかったようだった。

母が癌を煩い、それまで家事などほとんどやらなかった父が
毎日毎日買い物に行き、その坂を上り下りしていたのが
あとあと膝に追い打ちをかける事になった。

母が亡くなったあと、長女の所で暮らしていたが、
仕事仕事の姉の所で、父は「孤独」だったみたいだ。

そういいつつも、
姉におんぶにだっこ状態で面倒を見て貰っていた事に違いはなく、
遠方にいる私はと言うと歯がゆいだけで何も出来なかった。

足が悪くなってから、行動範囲が狭くなり、
歩くのが辛いので家から出る事が少なくなった。

一念発起をして、人工関節を入れてみたけど、
思っていた様に回復せず、痛みが取れても
だるさがつきまとう様になったみたいだった。

車で移動しても、車から外へ移動する事が困難になって来た。
刺激が少なくなり、だんだんと認知症の症状が進んでいった。

電話をするのが精一杯。

なんとも情けない自分がいた。


父は60を過ぎてから、能面を作り始めた。

能面は全部で250種類ほどあるらしく、
基本は60種類くらいで構成されているらしい。
きちんと勉強すれば奥の深いものなのだろうなぁ。

お恥ずかしい話だけど、能面にそんなに種類があるとは知らなかった。

ここに載せた能面はほんの一部だけど、
作品は30を越えていたと思う。
自分の父ながら上手いなぁーと感心するばかり。
でも、子供がみたらきっと泣くなぁ。

認知症が進んで、私の事が分からなくなっても、
能面の掘り方を尋ねると、それはそれは饒舌に語ってくれた。
二晩、病院で泊まった時、昼夜逆転してしまい、
なんとか昼間起こしておかないと、と思ったときに
能面の話題しかない!とおもったのだ。

認知症故に、20分もすれば、さっきのことは殆ど忘れているので、
私は一人何役も兼ねて「能面インタビュー」をし続けた。
繰り返し繰り返し、同じ事を何時間も話し続け、
その日の夜は、満足したのかぐっすり眠ってくれた。

おかげで私も疲れ、ぐっすり眠れた(^ ^;)

若い時代に兵隊に行き、仕事で騙され大借金を抱え、
地震で家を無くし、連れ合いに先立たれ……、父は何を思って
逝ったのだろうか?

火葬した後に焼け残った、人工関節が痛々しかった。

親不孝の娘が言うのも変だけど……


幸せだったのかな?

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コメント

すごい!60歳から能面を作り始めた。。。
まるでものすごく昔からあったような質感。
41の私がこれから何かを始めるのは遅すぎるなんて考えてはダメですね。人生80年なら、まだ40年のキャリアを作れるのだから…。

幸せか不幸かって相対的なものですよね。ある時より不幸かもしれないけど、ある時より幸せ。

投稿: Kaoru | 2012年6月10日 (日) 08時24分

kaoluluさん。
そうですねー。そうだとおもいます。
ある時よりシアワセかそうでないか……。
シアワセは小さい方がいいと、個人的には思ってます。
触れ幅が小さい程、ストレスも少ない様な…。
ビビリの考え方ですねhappy01

41なんて、まだまだ若いですよー!
私も子育てがもうチョイで終わるので、これからだと
思ってるんですよ。
後は体力ですかね。

運動不足……。
これが一番の課題かも…。

投稿: たかちゃん | 2012年6月11日 (月) 10時04分

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